掲載日:2026年9月5日
最終確認日:2026年9月5日
前編では、なぜ若い世代まで「終活」という言葉に関心を持つようになったのかを入り口に、終活の意味について考えました。
「終活の適齢期」と聞くと、何歳から始めればよいのかを知りたくなるかもしれません。
けれども、人生は年齢だけでは区切れません。同じ年齢でも、家族との関係、仕事、健康、住まい、人とのつながりは一人ひとり違います。
それなら終活の始めどきも、「何歳になったから」と決めるのではなく、人生の中で訪れるいくつかの節目から考えてみることができるのではないでしょうか。
今回は、私たちの人生に訪れる「終活を考えるきっかけ」を一つずつ見ながら、おひとり様の老活・終活適齢期について考えてみたいと思います。
親の老いを感じたとき
一つ目は、親の老いを感じたときです。
久しぶりに会った親の歩く速度が、以前より遅くなっていた。病院へ付き添うことが増えた。介護や施設について、家族で話すようになった。あるいは、親の葬儀や相続を経験した。
親の老いは、それまでどこか遠くにあった「老いること」や「人生の終わり」を、自分自身の問題として考えるきっかけになることがあります。
「自分が同じような年齢になったら、どうしているだろう」
「自分の場合は、誰が病院に付き添ってくれるのだろう」
「もし自分が亡くなったら、その後のことは誰がするのだろう」
そんな疑問が浮かぶこともあるでしょう。
それは、不吉なことを考えているのではありません。
そのときは、一つの「終活適齢期」なのかもしれません。
自分や身近な人の病気を経験したとき
病気もまた、自分の人生について考える大きなきっかけになります。それは、自分自身の病気とは限りません。
家族や友人、職場の同僚など、身近な人の入院や療養を経験することで、
と感じることがあります。
もし急に入院することになったら。自分で意思を伝えることが難しくなったら。誰に連絡してほしいのか。誰に自分の希望を知っておいてほしいのか。
そんなことを考えるかもしれません。
終活というと、亡くなったあとのことばかりに目が向きがちです。しかし、私たちが大切にしたいのは、その前にある人生です。
病気をきっかけに自分のこれからを考えることも、その準備の一つなのではないでしょうか。
仕事や暮らしが大きく変わったとき
退職、転職、引っ越し。長く続けてきた仕事を離れたとき。住み慣れた場所を離れたとき。
人生には、これまでの暮らし方が大きく変わる時期があります。
そんなとき、それまで仕事や日々の生活に隠れていた「これから」が、急に目の前に現れることがあります。
これから、どこで暮らすのか。誰と付き合っていきたいのか。何を楽しみに生きていきたいのか。そして、困ったときに頼れる人は誰なのか。
何かを急いで決めるのではなく、自分の人生を一度整理してみる。そんな時期もまた、終活を考える一つの節目なのだと思います。
人との関係が変わったとき
人とのつながりも、ずっと同じではありません。
配偶者との死別や離別。子どもの独立。兄弟姉妹の高齢化。親しい友人との別れ。反対に、新しく信頼できる人と出会うこともあります。
こうした変化によって、「もしものときに頼れる人」も変わっていきます。
ここで大切なのは、「家族がいるか、いないか」だけで考えないことです。
家族がいても、遠方に住んでいることがあります。高齢になり、実際の手続きを担うことが難しくなる場合もあります。
反対に、家族ではなくても、自分の考えをよく理解してくれている人がいるかもしれません。
人との関係が変わったときは、「今の自分は、誰に何を伝えておきたいのだろう」と考え直す時期でもあります。
住まいについて考え始めたとき
「この家に、いつまで住めるだろう」
そんなことを考えるときもあります。
階段が少し大変になってきた。病院や買い物へ行くのが不便になった。家が広すぎると感じるようになった。高齢者向け住宅や施設について調べ始めた。
住まいを考えることは、その先の暮らしを考えることでもあります。
どこで暮らしたいのか。どのような支援が必要になるのか。誰とつながっていたいのか。何かあったとき、誰に連絡してもらいたいのか。
一つの「住まい」の問題から、これからの人生全体が見えてくることがあります。
それもまた、終活を考える一つのきっかけになるでしょう。
「自分の最期はどうなるのだろう」と思ったとき
知人や親戚の葬儀や法事に参列したとき。身近な人との別れを経験したとき。
あるいは、大きな出来事が何も起きていなくても、ふと、
と思うことがあります。
その疑問を、怖いからと遠ざける必要はないと私たちは考えています。
自分はどんな最期を望んでいるのか。誰に知らせてほしいのか。誰に見送ってほしいのか。葬儀や納骨はどうしたいのか。
そして、
ここまで考えると、「終活」は自分一人だけの問題ではないことに気づきます。
亡くなったあと、自分自身で希望を説明したり、必要な手続きをしたりすることはできません。
だからこそ、誰が自分の意思を知っているのか。誰がその意思を引き継いでくれるのか。そして、誰が実際に必要なことを担うのか。
そこまで、生きているうちに考えておくことが大切なのだと思います。
第三者に託すことも、その選択肢の一つです。
ただし、それは家族や友人を排除するという意味ではありません。
本人が希望する家族、親族、友人とのつながりを大切にしながら、誰も担えない部分や、自分が第三者に託したい部分を整理しておく。
それも、自分らしい最期を考える一つの方法です。
そして、何も起きていない「今」
ここまで、いくつかの「始めどき」を考えてきました。
親の老い。病気。仕事や暮らしの変化。人との関係の変化。住まい。そして、自分の最期について考えたとき。
けれども、最後にもう一つ加えたいと思います。
元気で、普段どおり生活している。特に困っていることもない。急いで決めなければならないこともない。
だからこそ、落ち着いて考えることができます。
何かが起きてから慌てて決めるのではなく、「これから、どんな人生を送りたいだろう」と考えてみる。
まだ何も起きていないときだからこそ、選べることもあります。誰かと話す時間もあります。調べる時間もあります。考えを変える時間もあります。
何もしないという選択をすることだってできます。
そう考えると、何も起きていない「今」もまた、大切な終活の始めどきなのではないでしょうか。
終活の適齢期は、一度だけではないのかもしれません
ここまで「終活適齢期」について考えてきて、一つ気づくことがあります。
私たちは最初、「終活を始めるのに最もよい時期は、いつなのだろう」と考えていました。
けれども、本当に一つだけなのでしょうか。
親が老いたときに、一度考える。仕事や暮らしが変わったら、もう一度考える。住まいが変わったら、見直す。人との関係が変わったら、また考える。健康状態が変われば、考え直す。
人生が変われば、自分の希望も変わって当然です。
人生の節目ごとに何度も訪れ、そのたびに自分の希望を確かめ、必要であれば少しずつ整えていく。
終活とは、一度決めて完成させるものではなく、人生の節目ごとに、自分のこれからを見つめ直していく営みと考えることもできるのではないでしょうか。
まとめ
あなたにとっての「始めどき」は、いつでしょうか
「終活は何歳から始めればいいですか」
その問いに、私たちは一つの年齢を答えることはできません。
親の老いを感じたとき。自分や大切な人の病気を経験したとき。暮らしが変わったとき。人との関係が変わったとき。住まいについて考えたとき。自分の最期について、ふと考えたとき。
そして、特別なことが何も起きていない「今」。
終活は、亡くなるための準備ではありません。
だから、すべてを一度に決める必要はありません。
まずは、「私は、これからどう生きたいのだろう。」そこから考えてみる。
人生が変わったら、また考える。
そして、その先で必要になったときには、「その私の意思を、誰に託したいのだろう。」ということも考えてみる。
そうして人生の節目ごとに、自分の意思を確かめていくこと。
それが、おひとり様にとっての「老活・終活適齢期」の一つの答えなのではないでしょうか。
※本記事は一般社団法人 おひとり様尊厳ある終活相談所が内容を確認・編集しています。文章の整理に生成AIを補助的に使用しています。
更新履歴
2026年9月5日 記事公開