掲載日:2026年7月27日
最終確認日:2026年7月27日
「まだいいや」は、明日も「まだいいや」です。
「まだいいや」は、結局は、単なる先延ばし。
「まだいいや」が、いつか後悔になることがあります。
「まだいいや」は、誰もが口にする言葉です
「まだ元気だから。」
「もう少し落ち着いてから。」
「時間ができたら考えよう。」
老活や終活のお話をしていると、 このような言葉を耳にすることがあります。
どれも、ごく自然な気持ちです。
「やらない」と決めているわけではありません。
ただ、「まだいいや」と思っているだけなのです。
しかし、時間は、静かに過ぎていきます
「まだいいや」と思っている間にも、季節は巡ります。
親も、自分も、少しずつ年齢を重ねます。
健康も、体力も、家族の状況も、 昨日と同じようでいて、少しずつ変わっていきます。
だからこそ、「まだいいや」を繰り返しているうちに、 気づけば何年も経っていたということは、 決して珍しいことではありません。
大きな一歩でなくて大丈夫です
老活は、何も一日で終わらせるものではありません。
家中を一気に片付けることでもありません。
まずは、一つだけ始めてみる。
それで十分です。
例えば、
- エンディングノートを一ページ書いてみる ――自分の意思や財産を確認
- 健康診断を予約する ――健康は代えがたいもの
- 親に電話をしてみる ――当然にいつまでもあると思わない
- 会いたい人に連絡をしてみる ――交流が再開する可能性もあります
- 引き出しを一つだけ整理してみる ――積もり積もって断捨離へ
その小さな一歩が、将来の安心につながっていきます。
今日できることを、一つだけ
「定年を迎えてから」
「そのうち時間ができてから。」
「落ち着いたらやろう。」
そう思って迎えた未来にも、 また違うことで忙しくしています。
また体力・気力は今とくらべて、 どうなってるでしょう。
未来の自分は、 魔法のように時間を作ってくれる人ではありません。
むしろ、今日の自分より、少し年を重ね、 少し抱えるものが増えた自分かもしれません。
だから私は、 未来の自分に期待しすぎないことが大切だと思っています。
今日の自分に期待すべきです。
今日の自分にやってもらうべきです。
未来の自分に任せるのではなく、 今日の自分が一つだけ動く。
その積み重ねが、 「やってよかった」に変えてくれるのではないでしょうか。
まとめ
「まだいいや」は、「先延ばし」の迷言です
「まだいいや」は、自分に都合のいい言葉です。
しかし、問題を何も解決しません。
未来の自分に任せるのではなく、 今日の自分が一つだけ動く。
その積み重ねが、 「やってよかった」に変わっていきます。
したがって、「まだいいや」は、 問題を何も解決しない「先延ばし」の迷言だと思います。
情報について
本記事は、2026年7月27日時点の内容をもとに作成しています。
更新履歴
2026年7月27日 記事公開