掲載日:2026年7月30日
最終確認日:2026年7月30日
「終活は何歳から始めるものなのでしょうか。」
そんな質問を受けることがあります。
ところが最近では、20代で終活について考える若者がいるというニュースが話題になりました。
「まだ若いのに、なぜ終活を?」
そう思われる方も多いでしょう。
しかし、若い人が「死」を考えること自体は、決して新しいことではありません。
十八世紀のゲーテの『若きウェルテルの悩み』には、若さゆえに生と死の間で揺れ動く青年の姿が描かれています。日本でも、芥川龍之介や太宰治、三島由紀夫など、多くの文学者が「生きること」と「死ぬこと」を深く見つめ続けました。
もちろん、それは現代でいう終活の源流であると思います。
彼らが問い続けたのは、「人はどう生きるべきか」という、人間そのものへの問いでした。
一方で、現代の私たちを取り巻く社会は、大きく変わりました。
かつては、家族が自宅で最期を迎えることも珍しくありませんでした。
子どもたちは祖父母を見送り、地域の人々が集まり、葬儀を営む。
死は悲しい出来事ではありましたが、人生の延長線上にある、ごく自然な出来事でもありました。
しかし現在は、多くの人が病院で最期を迎えます。
葬儀は専門の会社が執り行い、死後の手続きも専門家が支えています。
私たちは毎日のようにニュースで事故や災害を目にし、映画やドラマでも「死」を見ます。
それでも、自分自身の死を実感する機会は、昔より少なくなったのではないでしょうか。
死は身近に見えて、実はどこかショーケースの向こう側に置かれているような存在になった。
そんな時代に私たちは生きています。
それでは、なぜ人は終活を始めるのでしょうか。
不安だからでしょうか。
将来に備えるためでしょうか。
もちろん、それも理由の一つでしょう。
しかし、それだけでは説明できないように思います。
死が遠ざかった時代だからこそ、人はあえて「人生には終わりがある」という当たり前の事実を、自分自身のこととして見つめ直そうとしているのではないでしょうか。
むしろ、死が遠ざかった時代だからこそ、人は自分の死を自分の手元へ引き寄せようとするのではないでしょうか。
その当たり前の事実を、自分自身のこととして見つめ直す営み。それが終活なのかもしれません。
終活とは、決して死ぬ準備ということでは完結するものではありません。
人生の終わりを考えることによって、「これからどう生きたいのか」を考える営みなのだと思います。
だからこそ、20代で終活に関心を持つ人がいることも、不思議なことではないのかもしれません。
人生の長さではなく、人生の意味を考え始めたとき、人は「終活」という言葉に出会うのではないでしょうか。
終活とは、死を準備することではありません。
人生には終わりがあります。
だからこそ、その終わりを意識することで、「今をどう生きるか」という問いが生まれます。
では、おひとり様にとって、その準備はいつ始めるのがよいのでしょうか。
後編では、「おひとり様の老活・終活適齢期」について、一緒に考えてみたいと思います。
更新履歴
2026年7月30日 記事公開