「子どもに迷惑をかけたくない。」
ご相談を受けていると、 この言葉を本当によく耳にします。
子どもの生活を大切にしたい。
自分のことで、できる限り負担をかけたくない。
そこには、親としての優しさや、 子どもを思う深い気持ちがあります。
けれど、その思いがいつの間にか、
「誰にも頼らず、一人で頑張らなければならない」
という考えにつながってしまうことがあります。
しかし、 「子どもに迷惑をかけたくない」と願うことと、 「誰にも頼らない」ことは、同じではありません。
人は、誰にも迷惑をかけずには生きられません
私たちは、毎日の暮らしの中で、 たくさんの人に支えられています。
食べ物を作る人、運ぶ人、販売する人。 水道や電気、道路を維持する人。 病気になったときに診察する人、 薬を用意する人、介護をする人。
自分では何でも一人でしているように思えても、 本当は、見えないところで多くの人の力を借りています。
年齢を重ねれば、 今まで自分でできていたことが、 少しずつ難しくなることもあります。
例えば、こんな場面があります
- 重い荷物を運ぶことが難しくなる
- 病院への通院に付き添いが必要になる
- 書類の内容を理解することが難しくなる
- 銀行や役所での手続きが負担になる
- 入院や施設入所の準備を一人では進めにくくなる
人に助けてもらうことは、 特別なことでも、恥ずかしいことでもありません。
人はもともと、 お互いに支え合いながら生きる存在だからです。
亡くなった後は、自分では何もできません
どれほど元気な人でも、 亡くなった後のことを自分ですることはできません。
死亡届を出すことも、 葬儀や火葬の手続きをすることも、 病院や施設の費用を精算することもできません。
賃貸住宅に住んでいれば、 部屋の片づけや明け渡しが必要です。
電気、ガス、水道、電話などの契約も、 誰かが解約しなければなりません。
亡くなった後に必要となる主なこと
- 親族や関係者への連絡
- 死亡届や火葬に関する手続き
- 葬儀、納骨、供養の手配
- 病院や施設の費用精算
- 住居の片づけや明け渡し
- 電気、ガス、電話などの解約
- 遺品の整理や関係先への連絡
つまり、人生の最後には、 必ず誰かの手を借りることになります。
「誰にも迷惑をかけないようにする」ということは、 現実にはできません。
だからこそ大切なのは、 誰にも頼らないようにすることではなく、 誰に、何をお願いするのかをあらかじめ考えておくこと です。
大切なのは、誰か一人に背負わせないこと
「子どもに迷惑をかけたくない」と考えるとき、 本当に避けたいのは、 子どもに何かをお願いすることそのものではないのかもしれません。
避けたいのは、 何の準備もないまま、 一人の子どもにすべての判断と手続きを 背負わせてしまうことではないでしょうか。
例えば、親が倒れたとき、 何も希望が伝えられていなければ、 子どもは多くのことを短い時間で決めなければなりません。
どの病院で治療を受けるのか。
自宅へ戻るのか、施設を探すのか。
お金や通帳をどのように管理するのか。
亡くなった後の葬儀や納骨をどうするのか。
何も分からない状態で判断を求められることは、 家族にとって大きな負担になります。
一方で、ご本人の希望が伝えられ、 必要な契約や連絡先が整理されていれば、 家族はすべてを一人で抱え込まずに済みます。
家族だけでなく、 地域の支援者や専門職、法的な制度へ 役割を分けることもできます。
負担をなくすことではなく、 負担を一人に集中させないこと。
それが、「子どもに迷惑をかけたくない」という思いを 現実的な備えへ変えていく方法です。
自立とは、何でも一人ですることでしょうか
「自立」という言葉を聞くと、 人の力を借りず、自分のことはすべて自分ですることを 思い浮かべるかもしれません。
しかし、厚生労働省の資料では、 自立について次のように説明されています。
自立とは、何でもかんでも一人で やらなければならないということではありません。
できることは自分でし、 できないことは人に頼れることも、 自立の一つの姿です。
自分でできることを続けながら、 難しいことは誰かに助けを求める。
そのためには、 自分にできないことを認めることも、 誰に頼ればよいかを知ることも必要です。
何でも一人で抱え込むことよりも、 必要なときに助けを求められることの方が、 安心した生活を長く続けることにつながります。
自立とは、依存先を増やすこと
東京大学の熊谷晋一郎さんは、 「自立」について、
自立とは、依存先を増やすことである
と表現しています。
ここでいう依存とは、 誰か一人にすべてを任せることではありません。
むしろ、頼れる先を一つだけにせず、 複数の人や場所、制度につながっておくという考え方です。
例えば、頼れる相手が子ども一人しかいなければ、 何か起きたとき、その子どもへ負担が集中します。
しかし、家族、友人、近隣の人、 医療や介護の専門職、公的な相談窓口、 法律や契約による支援など、 頼れる先が複数あれば、役割を分けることができます。
頼れる先は、家族だけではありません
- 家族や親族
- 友人や近隣の人
- かかりつけ医や医療機関
- ケアマネジャー
- 地域包括支援センター
- 市区町村の相談窓口
- 社会福祉協議会
- 行政書士などの専門職
一人に深く依存するのではなく、 支えてくれる先を少しずつ増やしていく。
そのことが、 誰か一人へ負担を集中させない備えになります。
家族以外にも、相談できる場所があります
老後のことを誰かに相談したいと思っても、 「こんなことを相談してよいのだろうか」と ためらうことがあるかもしれません。
けれど、地域には、 高齢者の暮らしや介護について相談できる窓口があります。
地域包括支援センター
地域包括支援センターは、 高齢者の暮らしを支える地域の相談窓口です。
介護サービスだけでなく、 健康、生活、家族の困り事などについても相談できます。
ケアマネジャー
介護保険サービスを利用するときには、 ケアマネジャーがご本人の状況や希望を確認し、 必要な支援を組み合わせます。
一つのサービスだけで解決しようとせず、 訪問介護や通所サービス、福祉用具などを 組み合わせることで、生活を支えることができます。
行政書士などの専門職
将来の財産管理や任意後見、 亡くなった後の手続きなど、 契約による備えが必要な場合には、 行政書士などの専門職へ相談する方法があります。
家族にしか頼めないと思っていたことでも、 内容によっては、制度や契約を使って 専門職へ役割を分けることができます。
元気なうちに、役割を分けておきましょう
将来への備えは、 何もかも一人の人へ任せるためのものではありません。
誰に、どの役割をお願いするのかを整理し、 それぞれに合った人や制度へ分けておくことが大切です。
役割を分ける一例
- 日頃の見守りは、家族や近隣の人
- 介護についての相談は、地域包括支援センターやケアマネジャー
- 医療についての希望は、家族や医療関係者と話し合う
- お金や契約の管理は、財産管理等委任契約や任意後見契約
- 亡くなった後の手続きは、死後事務委任契約
- 財産の引き継ぎは、遺言書
こうして役割を分けておけば、 子どもや身近な人がすべてを背負う必要はなくなります。
また、頼る人が一人しかいない場合でも、 その人だけに無理をさせない仕組みを あらかじめ作ることができます。
判断できるうちの支援には、財産管理等委任契約
年齢を重ねたり体調を崩したりすると、 判断する力はあっても、 銀行や役所へ出向くことが難しくなる場合があります。
そのようなときに、 信頼できる人へ一定の手続きを依頼する方法として、 財産管理等委任契約があります。
依頼することが考えられる内容
- 預貯金の管理や生活費の支払い
- 家賃や公共料金などの支払い
- 入院費や施設利用料の支払い
- 役所での手続き
- 郵便物や重要書類の確認
依頼する内容は、 ご本人の生活や希望に合わせて決めます。
何もかも任せるのではなく、 自分では難しい部分だけを補ってもらうこともできます。
判断能力が低下した後に備える任意後見
将来、認知症などによって、 財産管理や契約について自分で判断することが 難しくなる可能性もあります。
そのような場合に備える制度の一つが、 任意後見制度です。
任意後見契約では、 判断能力が十分にあるうちに、 将来支援してもらいたい人と支援内容を決めます。
誰に、どのようなことを任せたいのかを 自分で考えておけることが、 任意後見制度の大きな特徴です。
家族にすべてを任せるのではなく、 契約によって支援者の役割を明確にしておくことも、 負担を分ける方法の一つです。
思いを最後までつなぐ死後事務委任契約
亡くなった後には、 葬儀や納骨だけでなく、 住居の明け渡しや各種契約の解約など、 多くの手続きが残ります。
こうした手続きを、 あらかじめ信頼できる人へ依頼しておく方法が 死後事務委任契約です。
死後事務として考えられる内容
- 親族や関係者への連絡
- 葬儀、火葬、納骨に関する手続き
- 病院や施設の費用精算
- 賃貸住宅の明け渡し
- 電気、ガス、電話などの解約
- 遺品整理の手配
「子どもに迷惑をかけたくない」と思うのであれば、 自分が亡くなった後に何が必要となるのかを知り、 誰にお願いするのかを決めておくことが大切です。
希望を言葉にし、必要な契約を整えることで、 ご本人の思いを最後までつなぐことができます。
まずは、今ある頼れる先を書き出してみましょう
最初からすべての制度を利用したり、 すべての契約を結んだりする必要はありません。
まずは、ご自身の周りに、 どのような頼れる先があるかを確認してみましょう。
確認しておきたいこと
- 困ったときに連絡できる家族や友人はいるか
- かかりつけの病院はあるか
- 地域包括支援センターの場所を知っているか
- 将来のお金の管理を誰に相談したいか
- 医療や介護について希望を伝えているか
- 亡くなった後の手続きを誰にお願いしたいか
足りない部分が見えてきたら、 そこを家族だけに背負わせるのではなく、 地域や制度、専門職で補えないかを考えます。
一つずつ頼れる先を増やしていくことが、 将来への備えになります。
まとめ
誰か一人に負担を集中させないための備え
「迷惑をかけずに生きること」は、 誰にもできません。
人は、家族や地域、医療や介護、 さまざまな制度に支えられながら生きています。
大切なのは、 誰にも頼らずに一人で頑張ることではありません。
支えてくれる人や制度を増やし、 誰か一人に負担を集中させないよう備えること。
それが、これからの自立ではないでしょうか。
メメント相続行政書士事務所では、 現在のお困り事や将来へのご希望を伺いながら、 どのような人や制度につながればよいのかを 一緒に整理していきます。